2017年8月21日月曜日

見切り発車



見 切 り 発 車


シスター L

 年の黙想に行ってまいりました。軽井沢修道院で行われ夏と冬のどちらかに入ります。冬の黙想はほとんど私たちだけです。私は、今年は夏でした。83日から12日まで。夏はいろいろな修道会からお見えになります。11の修道会のシスターたちと一緒で、この経験は素晴らしいものでした。総勢29人で半分は高齢者でした。神父様の言う“高貴高霊者”でした。最高齢は90歳です。皆さん自分の速さで歩き、かつては校長であり、園長であり、会の要職にあった方であっても今は一人の“高貴高霊者”でした。10日間もミサやお祈りや寝食を共にすれば不思議な絆が生まれ別れが寂しかったです。各テーブルを回り丁寧にご挨拶して下さり年の功を感じました。もしかしたら一期一会かもしれません。彼女達の旅路の物語を聞いてみたいものです。

 

 神父様のお話は示唆に富み沢山の気づきを与えて下さいました「見切り発車」という言葉が印象的でした。物わかりの悪い弟子たちを最後まで愛して、受け入れ「さあ、立って行こう」と十字架に向かうイエズスの姿が鮮やかによみがえりました。イエス様は弟子たちに足を洗うお手本を見せ、御聖体を残してくださいました。イエス様の思いを今は理解できなくとも後でわかることを私たちに期待しています。イエス様の思いに出会うために「み言葉」もあります。又、23人がいるところにわたしがいるともおっしゃっています。マタイ福音書25章では、「私の兄弟であるこの最も小さいものの一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」とおっしゃっています。イエス様に親密に出会い、思いをくみ取り、味わい、喜び、感謝し、少しでも私の中で大きく、深く、高く、広くなるように努めたいと思います。そして、その喜びを伝えるものになりたいと思います。

 

 

 一緒に黙想した中にきれいなポーランド人のシスターがいました。時々いらっしゃり「ここ大好き」と言ってくれています。黙想明けに話してくれました。彼女はポーランドでテレビドラマ「おしん」を見ました。それを見て日本に行きたいと思ったそうです。それから日本に来ました。そしたら、ある施設にそのドラマにおばあちゃんの役で出ていた女優さんがいるということを聞いて会いに行きました。事情を話してお礼を言ったそうです。握手をした時の様子が感動的でこちらにも伝わってきました。100歳で亡くなられました。聞いていた一人のシスターが「おしんは宣教したのね」と言いました。

2017年7月23日日曜日

 梅雨


梅  雨


シスターL

 日本には、春、夏、秋、冬の季節があります。そのほかに梅雨という季節があると天気予報の方が言っていました。春にもはいらない夏にもはいらない1か月半をいうそうです。 6月から720日ごろまで。露入りとか露明けとも言います。露という言葉に私たちは特別な思いがあって、みそ汁やお澄ましなどを私たちの子供の頃は“お露”と言いました。露に“お”を付けて丁寧に言ったのですね。今はポタージュスープとかコンソメスープとかと同様に“スープ”というカテゴリーに中に入っております。

 
この梅雨真っ最中の622日は私たちの修道会の創立記念日でした。今年で66年になります。創立者は観想修道会を出て宣教会をつくりました。創立者のこと修道会のことなどを寮生に話すために東京修道院からきてくれました。たいていの修道会は伝統ある修道会で何年も前に創立されました。創立者を直接見ることはできなかったと思います。その代り積み上げてきた歴史があります。私は創立者に4回会いました。一番初めは入会前で、ちょうど創立者であり総長であるこの方の公式訪問の時でした。私は知らずに訪問しました。一人の女性への尊敬のまなざしと、そわそわとした喜びがその時は理解できませんでした。



福者御聖体のマリア・イネス・テレサ
 2回目にお会いした時はもう入会していました。修練女でした。前の方の席から私の名前を呼んでくださいました。“どこにいますか”と聞いて下さり私は恐る恐る手をあげました。その時も事の重大さをわかっていませんでした。最近、やっと創立者に会うということは大変なお恵みなのだとわかってきました。修道生活は時に不透明であり不正確の中を信仰によって歩んでいきます。やはり前を歩く確かなお手本が必要です。又、修道会の内的外的必要の為にも大切なことです。黙想の時、神父様に、私は創立者にあったことがありますと言った時それは大きなことだと言い、気づくきっかけを与えて下さいました。

 
天正少年使節の一人中浦ジュリアンは、やがて司祭になり殉教し
ました。殉教の時“私はローマを見た”と叫びました。そのようにあなたも「私は創立者にあったと叫びなさい」と言いました。見たこと聞いたことをのちの姉妹たちに語らなければならないと言われました。2008年“福者ペトロ岐部司祭と187殉教者”の一人に挙げられた中浦神父様にお取次ぎを願いましょう。


 今年のこの季節の雨は各地で大変な被害をもたらしました。避難生活を余儀なくされている方々もいらっしゃり心が痛みます。お見舞い申し上げます。修道院では昼食の後、被災された方々のためにいつもお祈りをささげております。この祈りが速やかに届きますように。

2017年6月26日月曜日

 愛のそよ風



愛 の そ よ 風

シスターL

 
聖霊を「愛のそよ風」と表現した神父様がおります。聖書に「しかし、嵐の中に神はおられなかった。嵐の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも神はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも神はおられなかった。火の後に静けさが訪れた。神はその静けさの中で語りかけられた」と記されております。神である聖霊を「愛のそよ風」と呼ぶのはなんと素敵なことでしょう。

今年の聖霊降臨の主日は64日でした。修道院の習慣でこの日は聖霊の賜物をみんなで頂きます。聖霊の賜物は7つあります。畏敬、孝愛、知識、剛毅、賢慮、聡明、上智。まずお祈りがあって、祭壇には人数分の賜物のご絵が置かれています。それを一人ずつ引きます。私は写真にあるご絵が当たりました。裏には「事にあたって、賢明、適切で聖なる方へ向けさせる霊、神のインスピレーションに素直にさせる霊」と書いてありました。ただただ、伏して頂きました。


 お祈りのお当番にあたった寮生が、ちょっと奮発してハイヒールを買った話をしました。前から私は変わりたいと言っていましたのでその一環なのでしょう。長いイヤリングなどしてこの頃とてもドレッシイになりました。そのハイヒールを履いてルンルンと出かけましたが電車に間に合わなくなりそうなので走りました。桜新町の駅の前の横断歩道に差し掛かりちょうど白線の2番目に来た時見事に転びました。誰も来てくれないと思っていたら「大丈夫ですか」と一人の女性がきてくれましたので起き上がりました。このことがお祈りとどう結びついたのかはもう忘れました。だがどこかで読んだ短歌を思い出しました。「ハイヒール カツカツならしゆく女(人)を杖つくわれは 歩を止めながむ」

 後で「靴壊れなかった?」と聞きました。 壊れなかったようです。 擦り傷ならすぐに治ります。「どうぞ、ハイヒールを履いて愛のそよ風に乘ってお行きなさい」 杖つくわれは愛のそよ風の中で歩を止めて眺めましょう。

2017年5月30日火曜日

5月



5

シスタL

 修道院の庭は今色々な花が咲き乱れ、私たちの目を楽しませてくれています。寮のお嬢さんたちもカラフルな洋服でこちらまでうきうきしてしまいます。小鳥たちがさえずっています。先日八宝菜を作りました。パートのおばさんに“これは冬のものですね”と言われはっとしました。八宝菜は冬の白菜のおいしさを頂くものでした。これからはグラタンも似合いませんね。神様が下さる旬のものを喜んで頂きましょう。



 テレビで“農家メシとか”漁師メシ“という番組があり何度か見ました。今トマトが旬で忙しく収穫しています。家族の中で後継者がいるのも見る者の慰めです。子供たちも出てきます。そこのお母さんやお嫁さんが作る料理が写されました。トマトと生姜でつくるどんぶり、トマトの味噌汁等々。どれもふんだんにトマトを使ったメニューです。神様の恵みと実感しました。いつだったか”漁師メシ“で漁師の奥様達の料理を見たときは豪快さに心躍りました。優勝したお相撲さんが持つような大きな鯛を丸ごと鍋に入れました。これぞ海の幸と実感しました。私の望みは寮生にはなんでもたっぷりと供したいということです。そのうえで右に行くか左に行くか考えてほしいそれが私の願いです。



 庭に咲き乱れている花はマリア様に捧げるのが一番ふさわしい。先週の日曜日に修道院でマリア様の戴冠式がありました。60人近く参加しました。教会に伝わる伝統の信心ですがこれらをとうして信仰を深めることが出来ます。ロサリオを一環唱えました。マリア様の歌を歌いお花を捧げました。“アベマリアの祈り”を繰り返しますが、繰り返すことによって知らず知らずに深い真理に導かれます。最後に冠を捧げる人を決めるくじを引きました。くじにあたった人は感動していました。やはり人の心を動かすものがあるのですね。マリア様は“神は卑しいはしためを顧みられいつの世の人も私を幸せなものと呼ぶ”と予言なさいました。その予言のとおり2000年たった今も褒めたたえられています。

 

2017年4月22日土曜日

日本列島桜前線



日本列島桜前線
シスターL
 桜前線は北上していますが、どこまで行ったでしょうか。軽井沢修道院の知らせは今、雪が降っているそうです。桜はまだまだですね。東京修道院の桜は3月28日に6個咲きました。台所を手伝ってくださっているおばさんは帰る時いつもこの桜を見て行ってくれます。開花宣言をしたものとしては慰めです。「シスター、ライトアップもしてるんですね」というので二人で笑いました。このライトはいつも庭にあります。
 
 桜前線は髪の長いきれいな寮生たちを連れてきてくれました。入寮早々インフルエンザにかかり部屋で過ごさなければならない寮生もいました。私たちは交替でお食事を運びました。なんだかかわいそうになってしまったのですが、近頃は元気に食堂で踊りを踊ったりしています。あのしょんぼりした姿は幻だったのでしょうか。歓迎会の時,新寮生がお礼の挨拶をしました。色々な不安の中、先日はたくさんの教科書を持ってとても疲れて泣きそうになりました。寮に帰った時、おいしいお食事があって、シスター、先輩たちがいてほっとしましたというようなことを声を詰まらせて話しました。人は何者かによって癒され元気になるのですね。
 新しい出会いの前に別れもありました。本人はいたかったのですがご両親のご意向で退寮することになりました。この寮生に私はたびたび忍耐を失いました。最後の日、玄関でお見送りしました。「色々な失礼赦してね」と言いました。彼女は「いいえ、いいえ、シスターお体お大事に」と言いました。まさかこんな言葉が返ってくるとは思っていませんでした。忘れられない寮生の一人になりました。
 
 この写真は47日の朝日新聞に載っていたものです。福島県の南相馬市のある小学校の入学式です。放射能と津波で被災しました。避難している人がまだ帰らないので新入生は女子児童4人です。桜はまだだったかな。あまりにもかわいくて・・・神様の守りと祝福がいつもありますように。